アメジローの極私的パワーポップ名盤(集成)

パワーポップの名盤を紹介をする音楽ブログです

極私的パワーポップ名盤(153)Silver Sun(シルヴァー サン)「You are Here」

イギリスから出た1996年デビューの「Silver・Sun」(シルヴァー・サン)は、今にしては、とても懐かしいパワーポップのバンドだ。というのもシルヴァー・サンは、もう活動継続も再結成もできないから。

シルヴァー・サンのギターでヴォーカルのジェームズ・ブロード(James・Broad)が2020年に逝去。享年50で、早すぎる死が悔やまれる。ジェームズは、同年に末期癌(がん)が発覚し、ターミナルケアを受けていることを公表。「あと数年は生きられる」と医師から告げられていたらしいが、病状が急変して急逝となる。私は、シルヴァー・サンを昔から知っていたので残念だった。

シルヴァー・サンは、イギリスはイングランドのロンドンから出た4人組。1995年の結成で、もとは「Sun(サン)」というバンドであったが、どうやら同名の他バンドがすでにあったようで重複を避けるべく、後にバンド名を「Silver・Sun(シルヴァー・サン)」にする。新たに足した「Silver(シルヴァー)」は、シルバー世代(高齢者世代)やシルバーシート(高齢者優先席)など、「シルバー」=「高齢者」の意味に思えるが、これは和製英語であり、英語の「Silver(シルヴァー)」に本来は「高齢者」の意味はない。「シルヴァー」は「銀」の意味。またこの語は英米では人の名姓によくあるもので、英米人にはシルヴァーと呼ばれる人は多いのである。

それでシルヴァー・サンは、彼らが好きな「Beatles」(ビートルズ)がデビュー以前に「Silver・Beatles」(シルヴァー・ビートルズ)のバンド名であったことから、自分達も「Silver・Sun(シルヴァー・サン)」にした。そして、ビートルズのシルヴァー・ビートルズは、イギリスの海洋冒険小説、ステーヴンソン(Stevenson)の「宝島」(1883年)に出てくる海賊のジョン・シルヴァー(John・Silver)の姓から取っている。

シルヴァー・サンのデビュー・アルバム、1st「Silver・Sun」(1997年)は、メジャーの「Poiydor」(ポリドール)からリリース。本作は何と!当時すでに売れっ子であったナイジェル・ゴッドリッチ(Nigel・Godrich)がプロデュース。新人バンドのセルフタイトルの1枚目からナイジェル・ゴッドリッチを使うとは、レコード会社のシルヴァー・サンに対する並々ならぬ期待の程が感じられる。確かに1st「Silver・Sun」は、ナイジェル・ゴッドリッチのプロデュースらしく、M1「Test」から細かな音が入るエレクトロニカ・サウンド、全体にローファイ系のデジタルロックのようでもある。

シルヴァー・サンの1stを名盤と激賞する人は多い。ナイジェル・ゴッドリッチは1997年の時点で、「Radiohead」(レディオヘッド)の「OK・Computer」(1997年)のプロデュースでヒットを出し、成功して有名になった時の人であったし、パワーポップ系でもベテランで再デビューの、元「Jellyfish」(ジェリーフィッシュ)の「Jason・Falkner」(ジェイソン・フォークナー)の2nd「Can・You・Still・Feel?」(1999年)など、ナイジェル・ゴッドリッチのプロデュースが後に見事にハマっていたのである。

シルヴァー・サンは1996年デビューということもあり、当時は、94年デビューのアメリカの「Weezer」(ウィーザー)がパワーポップで爆発的に売れていたので、シルヴァー・サンは「英国版ウィーザー」のようなレコード会社からの強力プロモーションで、それが私にはイマイチだった。確かに、フロントに立つヴォーカルのジェームズ・ブロードは、黒縁メガネで内向的なオタクっぽくて、ウィーザーの主要メンバーのリヴァース・クオモ(Rivers・Cuomo)に見た目は似ていたけれど。「ポップ・オタクによる、ひねくれ全開パワーポップ」のような言われ方もシルヴァー・サンは昔はよくされていたが、よくよく聴いてみると、「Beatles」(ビートルズ)や「Beach・Boys」(ビーチ・ボーイズ)や「Cheap・Trick」(チープ・トリック)が好きな人達がやっている案外、素直な正統派パワーポップだった。

シルヴァー・サンの売り出し方で、日本盤CDの帯、2nd「Neo・Wave」は、「まだまだ行ける!グリグリ眼鏡」。ジェームズ・ブロードのことを「グリグリ眼鏡」って言うな(怒)。日本企画のシングルB面集「B・is・for・Silver・Sun」の帯は、「東京だよ、シルヴァー・サン!」。これは島倉千代子の演歌「東京だョおっ母さん」(1957年)に掛(か)けた日本の人にしか分からないお笑いネタで(苦笑)、日本での中途半端にフザケたプロモーションもシルヴァー・サンは気の毒だった。

そういったわけで、シルヴァー・サンに関しては「英国版ウィーザー」とするような、デビューの1枚目からプロモーションが「悪手」だと思うのだが、私が好きなアルバムは日本独自の企画盤「You・are・Here」(1997年)である。アルバム・ジャケットは、シングル「Lava」(1996年)のそれの背景だけ「富士山、新幹線、寺院」に変えた日本仕様のパロディ・ジャケット。本作は初期シングル曲を集めたベスト盤的な内容である。後にシングルB面を集めた「B・is・for・Silver・Sun」(1997年)の企画盤も、シルヴァー・サンに関してはリリースされている。

編集盤「You・are・Here」で何よりもよいのは、M1「Last・Day」。これはパワーポップの名曲だ。その他、M2「Lava」、M5 「Captain」あたりも良い。ヘヴィーなギターなのに、なぜかポップ。ヴォーカルの声もコーラスの厚みもよいし、演奏は上手いし、曲もいい。総じて英国のバンドは優れているの好印象だ。また本作には収録されていないが、いかにもカタコトな日本語で歌う(苦笑)、「Tokyo・E・iketai」=「東京へ行きたい」(?)は、シルヴァー・サンの日本のファンなら必聴かも。

シルヴァー・サンは1st「Silver・Sun」(1997年)、2nd「Neo・Wave」(1998年)の2枚のアルバムを出した時点でまさかの、メジャーのポリドールから契約を切られてしまう。その後、バンドは空中分解状態になり、7年間のブランク(空白)を歴て、ジェームズ・ブロードのみの制作でシルヴァー・サン名義で3rd「Disappear・Here」(2005年)をリリース。

しかし、それにしても私には、ジェームズ・ブロードのシルヴァー・サンはプロモーションの売り出し方が悪手で、デビューの最初からコケたマイナス・イメージの悲壮感が拭(ぬぐ)えず。3rdアルバム以降、私はシルヴァー・サンは、ほとんど聴いていない。

You Are Here

You Are Here

  • シルヴァー・サン
  • ロック
  • ¥1528

このブログ全体のための最初のコラム(0)「バワーポップとは何か」

今回から始まる新しいブログ「極私的パワーポップ名盤」。

昔からの私の経験として、「このバンドは好パワーポップ」「これはパワーポップの良曲」と言うと、「それはパワーポップではない」「それはパワーポップのジャンルに分類されない」など、反対してやたらと議論を吹っかけてくる人がいた。私はそういった音楽ジャンルの区分談義には全く興味がないし(「どういったジャンルの音楽であれ、要は素敵な音楽を聴いて幸せな時が1曲の短い時間であれ過ごせれば、それでいいじゃないか」の精神)、同様に「このバンドのこのアルバムはいい!これは名盤でおすすめ」とそれとなく控えめに言っても、何だか好みの意見の不一致の微妙な空気が流れることがあった。

そういった過去の苦(にが)い思い出から、「極私的(な)パワーポップ」=「あくまでも私にとってのパワーポップ、ゆえに一般には他ジャンルに区分される音楽も含む」のニュアンスで、また同様に「極私的(な)名盤」=「どこまでも主観的な私の個人的な偏愛」の「極私的」であるので、「これはパワーポップの名盤とは言えないだろう」「パワーポップ名盤といえば、真っ先に挙げるものが他にあるだろう」の外野からの苦言(クレーム)をあらかじめ封じる予防線の意味が、この「極私的」のブログタイトルに込められている(笑)。それらのことを含意しての、今回から新しく始める「極私的パワーポップ名盤」である。

ただ「パワーポップ好きを自称するなら、さすがにこのバンドを知らないとか、この楽曲・アルバムを一度も聴いたことかないというのはモグリだろ」というバンドやヒット曲やアルバムは昔から定番でだいたいある。例えば「パワーポップが好き」なのに、The・Knack(ザ・ナック)「Get・the・Knack」(1979年)のアルバムを知らない、ないしは一度も聴いたことがないというのは、やはりマズイだろう。同様にPaul・Collins・Beat(ポール・コリンズ・ビート)「The・Beat」(1979年)のアルバムを未聴であるとかも。パワーポップの発生は1970年代からと言われ、70年代初頭に結成か本格デビューの「Raspberries」(ラズベリーズ)、「Big・Star」(ビッグ・スター)、「Badfinger」(バッドフィンガー)の3組がパワーポップの元祖だとよく指摘される。パワーポップ好きを自称するなら、これらバンドの音源も一通りは聴いておくことが望ましいと思われる。

私は昔から音楽を聴くのが好きで、特にパワーポップ周辺のものは大好物なので、それなりに聴いてきた。そうした中で私が考える「バワーポップとは何か」の定義は以下だ。

(1)1度聴いただけで耳に残る分かりやすいポップでキャッチーなメロディと、適度に高揚させる痛快なロックンロールのリズム。(2)ギター中心のサウンドで、はじけるようなキラキラなギターにさわやかなヴォーカル、それに絡む多重なハモりや美しいコーラス。(3)明るく快活な精神的健康性とある程度の常識的な社会性とがあって、1曲が3分強で終わるシンプルな楽曲。

あとあえて言えば、パワーポップには必ずしも売れてメジャー人気にはなりきれない、良質な音楽なのだけれど「知る人ぞ知る」の不遇なバンドが昔から多い気がする。だが、そのあたりの有名人気になりきれないマイナーな「知る人ぞ知る」のB級感がパワーポップはマニア心をくすぐるのも、おそらくは事実である。

そういったわけで「極私的パワーポップ名盤」。

このブログ全体のための最初のコラム(1)「最近の自分の中でのパワーポップのお気に入り5枚(ヘビーローテーション)」

「最近の自分の中でのパワーポップのお気に入り5枚(ヘビーローテーション)」。以下、順位はありません。

(1)Model・Rockets(モデル・ロケッツ)「Pilot・County・Suite」(2003年)

Pilot County Suite - EP

Pilot County Suite - EP

  • The Model Rockets
  • ポップ
  • ¥1528

 

(2)Shoes(シューズ)「Present・Tense」(1979年)

Present Tense

Present Tense

  • Shoes
  • ポップ
  • ¥1222

 

(3)dBs(ディービーズ)「Like・This」(1984年)

Like This

Like This

  • The dB's
  • ロック
  • ¥1630

 

(4)Sloan(スローン)「One・Chord・to・Another」(1996年)

One Chord to Another

One Chord to Another

  • スローン
  • ロック
  • ¥1528

 

(5)Living・End(リヴィング・エンド)「The・Living・End」(1998年)

The Living End

The Living End

  • ザ・リヴィング・エンド
  • ロック
  • ¥1630

このブログ全体のための最初のコラム(2)「自分にとってのパワーポップ・オールタイム・フェイバリットソング5曲」

「自分にとってのパワーポップ・オールタイム・フェイバリットソング5曲」。以下、順位はありません。

(1)Rubinoos(ルビナーズ)「I・Wanna・Be・Your・Boyfriend」(1979年)

Back to the Drawing Board

Back to the Drawing Board

  • The Rubinoos
  • ロック
  • ¥1528

 

(2)Motors(モーターズ)「Airprot」(1978年)

Airport

Airport

  • ザ・モーターズ
  • ロック
  • ¥255

 

(3)Shoes(シューズ)「Hangimg・Around・with・You」(1979年)

Present Tense

Present Tense

  • Shoes
  • ポップ
  • ¥1222

 

(4)Teenage・Fanclub(ティーンエイジ・ファンクラブ)「Metal・Baby」(1991年)

Bandwagonesque

Bandwagonesque

  • ティーンエイジ・ファンクラブ
  • ロック
  • ¥1731

 

(5)Weezer(ウィーザー)「Buddy・Holly」(1994年)

Weezer

Weezer

  • ウィーザー
  • ロック
  • ¥1630

極私的パワーポップ名盤(152)ザ50回転ズ「50回転ズのギャー!!」

日本の大阪から出たスリーピース・バンド、「ザ50回転ズ」は、私の住んでいる街の近所の小さなライヴハウスに昔から定期的に来ていて、前より知っていた。それにしてもザ50回転ズは実力あるバンドなのに、なぜかメジャー級でなかなか売れないな(苦笑)。

ザ50回転ズはメンバー皆が演奏が上手いし、ライヴは迫力ある。しかし彼らが一般ウケしないのはなぜなのか。以下、私なりに分析してみると、

(1)ザ50回転ズは、前から皆がマッシュルームカットであるが、本人達はあれはニューヨーク・パンクの「Ramones」(ラモーンズ)へのオマージュ・リスペクト(敬意)でやっているのだろうけれど、端からすれば、日本の昔のグループサウンズ(GS)か、バンカラなフォークソングの昔の長髪の昭和世代の人にしか見えず、ビジュアルが微妙だ。

(2)ザ50回転ズの面々は、昔から顔芸が強烈すぎて引く。1st「50回転ズのギャー!!」(2006年)のジャケ写真で絶叫したり、白目をむいたり失神表情をしたり。「ギャー」とか「ビリビリ」とか「ビックリ」ではなくて、ライヴMCでも暑苦しい顔芸なしで、通常の顔で普通に話してもらいたい。

(3)ザ50回転ズの楽曲は、タイトルからしてコンプライアンスに引っかかりそうで正直、怖い。マネジメントするレコード会社やスポンサーは、危なっかしくて使いづらいと思う。「乞×の大将」「ゴ×ブリ讃歌」など、必ずしも放送禁止用語ではないが、「×ジキ」「×キブリ」などといった言葉は、人に面と向かって言えば、今では誹謗中傷のヘイトになるので相当に危ない。もっともザ50回転ズは、「×食の大将」の曲に関し、「テレビで流せるもんなら流してみろ!」的な挑発発言を以前にしていたが。

ザ50回転ズは、2004年に結成の3人組。徳島の酔いどれ、ダニー(ギター)、出雲の妖怪、ドリー(ベース)、浪速のドラ息子、ボギー(ドラム)といったメンバーである。「大阪ロックンロール×年院に収容されていた」とする「少×院出身」といった前科ありの架空のバンド設定も、犯罪想起の反社会的で危なっかしいな(笑)。

この人達、最初は「Warner」(ワーナー)でメジャーデビューして、次に「Sony」(ソニー)に移籍。だが後にメジャーのレコード会社から契約を切られて、今ではインディーレーベルから音源を出している。メジャーの時には、アニメ主題歌のタイタップもあったりしたのに。やはりザ50回転ズには、一度は派手に売れてもらいたい。

普通、レコードの回転は「33回転」か「45回転」である。「33回転や45回転のレコードよりも早く回せる、だがCDより回転数は遅い」、微妙な回転具合のザ50回転ズである(笑)。1st「50回転ズのギャー!!」(2006年)のM1「50回転ズのテーマ」を聴くといつも、これからザ50回転ズのライヴが始まりそうな気がして、私はワクワクする。

50回転ズのギャー!!

50回転ズのギャー!!

  • ザ50回転ズ
  • ロック
  • ¥1731

極私的パワーポップ名盤(151)Shonen Knife(少年ナイフ)「Rock Animals」

パワーポップではないが、1980年代のインディー・ロック、1990年代のオルタナティヴ・ロックの日本代表の新星であり、日本以外での海外でやたら好評であった、特に同業の海外バンドの間で人気の高かった、女性スリーピースのバンド、「Shonen・Knife」(少年ナイフ)。今回は、その少年ナイフを取り上げてみたい。

私は、少年ナイフのそこまでの熱心なファンではないが、なぜか少年ナイフの昔のアルバムはほぼ全作聴いていたし、特に90年代は少年ナイフのライヴによく参戦していた。1990年代には少年ナイフは、すでに海外では有名人気で海外ツアーを経て、日本での凱旋ライヴをよくやっていた。しかし、この人達、当時は世界的にそこそこ売れていたはずなのに、日本国内でやるライヴは、チケット価格は最安値に近いほどお手軽で、また大学の学園祭などにも呼ばれれば精力的に出てくれて、とにかく少年ナイフは昔はライヴに行きやすい格好のバンドだったのである。

90年代の当時、私は関西地方に住んでいたが、少年ナイフの場合、チケットが安価でしかも取りやすい。あの時代、例えば大阪の「心斎橋Club・Quatro(クラブ・クアトロ)」で、チケット価格が高め設定になりがちな、なかなか良い設備環境のハコでも、他グループとは違い少年ナイフは「前売り¥3000」の最安ラインだった。しかも当日券がだいたい出ていて「当日¥3500」くらいだったから。日本を飛び出し世界的に活躍なのに意外と腰の低い、ライヴに行きやすい少年ナイフだったので、実はそこまで熱心な彼女たちのファンではなかったが(苦笑)、私は1990年代には少年ナイフを頻繁によくライヴで観ていた。

少年ナイフは1981年に結成の、日本の大阪出自のガールズバンド。当時、大阪の、ある魔法瓶メーカーに勤めていたギターのなおこ(山野直子)と、彼女の同僚でベースのみちえ(中谷美智枝)、それにギターのなおこの妹であるドラムのあつこ(山野敦子)の3人が、少年ナイフ初期のオリジナル・メンバーである。私が少年ナイフをよく聴いて彼女たちのライヴに頻繁に行っていたのは、初期メンバー時代の少年ナイフで、1999年にベースの中谷美智枝が脱退する前くらいまでだった。

山野姉妹と中谷の初期の少年ナイフでは、私はベースの中谷美智枝が好きで、だいたいライヴはスタンディングだっから、いつもベースのみちえさんの前に行って少年ナイフは観ていたな。昔、バンドへのメンバーアンケートの記事があり、ベースのみちえさんの「趣味・あみもの」っていう乙女な回答があって、それで私はみちえさんに心惹(ひ)かれて一発ノックアウト(笑)。

少年ナイフで一般的に有名な曲といえば、「ロケットにのって」あたりになるのだろうか。私は「動物小唄」とか「アントニオバカ貝」が好きだったけど。あと「Blue・Oyster・Cult」や「Baggs」の日本語詞のバカらしさの破壊力が(笑)。何しろ「Blue・Oyster・Cult」は「今日は年に一度の忘年会、生ガキの酢の物を食べたら、頭いたい、お腹いたい、カキのたたりは恐ろしい」。「Baggs」は「猫も杓子(しゃくし)も、みんな持ってる街を歩けばルイ・ヴィトン。リッチピーポー、プアーピーポー、本物ニセ物ルイ・ヴィトン」だから(爆笑)。昔の少年ナイフは「カキ」の食あたりの歌とか、この人達は歌詞に困ると食べ物ネタに安易に走る所があった。また「Baggs」は、そのまま「ルイ・ヴィトン」の歌だが、この偽物バックが流通黙認の歌詞内容に、ブランドの「Louis・Vuitton」(ルイ・ヴィトン)からよくクレーム(苦情)が来なかったよな(笑)。昔は相当にユルい時代だったのである。

このように少年ナイフは、歌詞が日本語詞のバカバカしいナンセンスな内容で、しかも昔の少年ナイフは演奏がそこまで上手くなかったので、脱力したヘタウマ・ロックだとずっと思っていたが、これが彼女たちが大化(おおば)けした時があった。それは6th「Rock・Animals」(1993年)のアルバムだ。

少年ナイフ「Rock・Animals」は1990年代オルタナの名盤だと思う。この6枚目で、これまでの脱力系ヘタウマ路線から少年ナイフは脱して、いきなり上手くヘヴィでカッコよくなってる。これには当アルバム制作前後の1993年、彼女らは「Nirvana」(ニルヴァーナ)と一緒にツアーに出たりして交流があったし、時代もグランジのブームで轟音ハードなギターロックが流行っていたので、それら影響を受けた傑作アルバムになっている。おそらく本作は海外レコーディングであると思う。制作には90年代オルタナ・ロックで一時代を築いた、売れっ子プロデューサーのドン・フレミング(Don・Fleming)が参加している。

アルバム「Rock・Animals」は、国内盤の日本語詞バージョンと海外盤の英語詞バージョンが出ているが、カッコよさでいえば、英語詞の海外盤の方を私はオススメする。全体に「捨て曲なし」の名盤だが、特によいのは、M1「Quavers」、M6「Tomato・Head」、M10「Cobra・vs・Mongoose」あたり。これまでの少年ナイフにはないワイルドさ、ヘヴィさ、カッコよさである。

少年ナイフに関しては、「Nirvana」(ニルヴァーナ)を始めとして「Redd・kross」(レッド・クロス)や「Sonic・Youth」(ソニック・ユース)がファンであることを公言していて、同業バンドのファン有志によるカヴァー集のトリビュートアルバム、「Every・Band・Has・a・Shonen・Knife・Who・Loves・Them」(1989年)が出ていることは前から知っていた。そして後に本トリビュート盤を改めて聴いたらレッド・クロスやソニック・ユースの他にも、私が好きなパワーポップ勢の「Three・OClock」(スリー・オクロック)や「Mr・T・Experience」(ミスター・ティ・エクスペリエンス)が参加しているのを知って、「こんな豪華なバンドが参加のトリビュート・カヴァーのアルバムだったのか!」と驚いた。その時、正直、少年ナイフに私は嫉妬したな(笑)。

Rock Animals

Rock Animals

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極私的パワーポップ名盤(150)Hole(ホール)「Live Through This」

前回の「パワーポップ名盤」で、キム・シャタック(Kim・Shattuck)の「Muffs」(マフス)を取り上げたので、今回はパワーポップではないけれど、私の中ではマフスのキム・シャタックと並んで、1990年代オルタナティヴ・ロック、時代の魅力的なポップ・アイコンだった、コートニー・ラヴ(Courtney・Love)の「Hole」(ホール)を取り上げてみたい。

よく性的な隠語で「女性は穴、男性は棒」などと言ったりするが(笑)、パンクロックのガールズバンドで、「Hole(ホール)」=「穴」という名のバンドはすでに存在していると思っていた。しかし、90年代にリアルタイムでコートニー・ラヴのホールを知った時、私は驚いた。「ガールズ系のバンドで、まだ『Hole(穴)』のバンド名は誰も使っていなかったのか!」と意外に思った。

ホールのフロントに立つコートニー・ラヴは、「Nirvana」(ニルヴァーナ)のカート・コバーン(kurt・Cobain)の妻である。私はカートのニルヴァーナも、コートニーのホールも、グランジは音楽的にあまり好きではない。しかし、それでも90年代のホールのコートニー・ラヴはビジュアルが強烈で刺激的だった。

ホールのアルバム「Live・Through・This」(1994年)は、名ジャケットである。この時のコートニー・ラヴは、ビジュアルがキレキレで完璧に仕上がっていたと思う。コートニー・ラヴの、スキャンダラスでイタいセレブ感、嘘つき女のビッチ(性的だらしなさ)感がスゴい。まさに「下品でキュートでゴージャス」だ。

ホール「Live・Through・This」での、ティアラ(冠)に花束の、コートニー・ラヴのセルフポートレート的な露悪的・悪女的ジャケット写真は傑作で、本当に良い写真だ。あのコートニーのジャケ写を自分のブログに掲載できて長く残せることを、私は幸せに思うな。

Live Through This

Live Through This

  • ホール
  • オルタナティブ
  • ¥1528

極私的パワーポップ名盤(149)Muffs(マフス)「Alert Today Alive Tomorrow」

アメリカは西海岸のロサンゼルスから出た、ガレージパンク寄りのパワーポップをやる、「Muffs」(マフス)。このバントで、中身のサウンドで好きなのは1st「The・Muffs」(1993年)だが、1stはメンバー4人並びのジャケット写真がダサくてイマイチで(苦笑)。アルバム・ジャケット込みで私が好きなのは、4th「Alert・Today・Alive・Tomorrow」(1999年)である。

マフスは、良くも悪くもギターでヴォーカルのキム・シャタック(Kim・Shattuck)が中心のバンド。他メンバーには申し訳ないが、マフスはいつの時代でもキム・シャタックの強烈なキャラクターで持っていたグループだったと思う。

マフスの1st「Muffs」でのM1「Lucky・Guy」で、曲の中途でマジメに歌うことを辞めて、いきなり叫びまくるキム・シャタックである(笑)。この曲の、あの箇所で、いつも私は爆笑。よくライヴでヴォーカルが曲途中でエキサイト(興奮)して、音程を取りマジメに歌うことを諦(あきら)めて、叫びガナリまくって音が外れて、もう明らかにマジメに歌う事を放棄しているのに、逆に現場の観客は大盛り上がりという時々見かける光景はある。しかしマフスのキム・シャタックは、それをライヴではなくて、スタジオ・レコーディングで日常的にやるからなぁ(笑)。

キム・シャタックはマフスの活動と平行して、後に「Pixies」(ピクシーズ)のベーシストとしてメンバーに迎えられる。だがピクシーズに加入は2013年7月で、脱退は同年の11月、わすか4ヶ月での電撃解雇である。この際の事情をキム・シャタック本人が、後にインタビューで語っている。その内容は以下の通り。

「キム・シャタックは、ピクシーズを脱退することになるとは思ってもいなかったと後に語っている。口頭でも2014年のツアーに参加することに同意していたという。『あまりにも驚いたというか、すべてうまくいって、レヴューも好意的で、ファンのみんなは、「愛しているよ、新キム!」っていう感じで、空港でメンバーのみんなと別れて、その翌日にマネージャーから「バンドは別なベーシストと働きたいと決めました」って、いきなり伝えられてショックだった』

また解雇の理由について、次のようにキムは推測している。『たぶん、みんなは私よりもずっと内向的な人たちなんだろうなと思うけど。誰も重要なことは決して表立っては口にしないという感じだったし。ロサンゼルスのマヤンという会場でやったライヴでは私が盛り上がり過ぎちゃったことがあって、そのまま観客席の中に飛び込んじゃったんだけど、これにはバンドが閉口してたのもわかったし。ステージが終わるとマネージャーから二度とやらないようにと言われて、「それって危険だから?」って理由を訊いたら、「ピクシーズはそういうことはやらないんです」って怒られちゃった』

しかし、バンドを恨んだりはしていないとキムは次のように語っている。『バンドから面と向かって解雇を言われた方がうれしかったんだけど。でも、いい人たちだったから。今でもピクシーズは大好きよ』」

これは、なかなかスゴイ話だ(笑)。ライヴ中にワンマンで他メンバーの事を考えず、独り客席ダイブしてしまい、バンド内で浮きまくるうキム・シャタックの空気の読めなさ。他方、キムの行動に内心引いていても彼女には直接に文句を言わずに、いつもマネージャーを介して事務的に伝える。最期の解雇通告までマネージャーからの電話連絡で済ませてしまう、ピクシーズの面々の内向的ディスコミュニケーション(コミュニケーション不全)。どちらもヤバいと私は思うけれど。キム・シャタックもピクシーズも、双方に問題ありだ(苦笑)。

マフスは、アメリカは西海岸ロサンゼルスを拠点にして1991年に結成されたバンドで、ロサンゼルスを含むアメリカ西海岸では、以前には「X」(エックス)や「Go・Gos」(ゴーゴーズ)らのバンドがいた。後には「Nofx」(ノーエフエックス)や「Green・Day」(グリーン・デイ)らの人気バンドが出た。それら1970年代の「LA(ロサンゼルス)パンク」の前バンドの伝統を引き継ぎ、90年代の同時代や後のカリフォルニア出のパンクバンドに影響を与えた重要リンク(つなぎ目)のバンドとして、マフスは語られることが多い。特にグリーン・デイのビリー・ジョー・アームストロング(Billie・Joe・Armstrong)は、同時代のキム・シャタックのマフスに折りに触れ、よく言及していた。

私の場合、マフスはどのアルバムを聴いても、ヴォーカルであるキム・シャタックの妙な巻き舌と長めの語尾伸ばしの、ある意味ヘンな(笑)、個性ある歌い方に尽きる。曲メロや歌詞がそこまで良くはなくても、ヴォーカルが個性的であれば、パワーポップ/パンクロックは何とかなる、の思いも正直する。

マフスのキム・シャタックに関しては近年、彼女の訃報に接した。キム・シャタック(1963 ─2019年)、享年56。キムは筋萎縮性側索硬化症(ALC)罹患を非公表、2年間に渡る闘病の末に亡くなったという。「あれほどまでに、いつもパワフルで元気だった人なのに…」の率直な思いが私はする。キム・シャタックには、安らかな眠りにつかれるよう祈りたい。

Alert Today Alive Tomorrow

Alert Today Alive Tomorrow

  • ザ・マフス
  • オルタナティブ
  • ¥1528

極私的パワーポップ名盤(148)Sorrows(ソロウズ)「Bad Times Good Times」

近年、パワーポップで私に収穫でヒットだったのは、「Sorrows」(ソロウズ)の過去楽曲やライヴ・デモ音源を集めた編集盤、「Bad・Times・Good・Times」(2010年)だった。ソロウズは1980年代に活動したアメリカのバンドで、アルバム2枚を出して解散している。

もともと1970年代より、アメリカは北東部ニューヨークを拠点にした「Poppees」(ポッピーズ)というパワーポップのバンドがあって、後にポッピーズは「Boyfriends」(ボーイフレンズ)と「Sorrows」(ソロウズ)の2つのバンドに分裂。ボーイフレンズはシングル1枚のみで消えたが、ソロウズは1980年代にも活動を続けてアルバム2枚、1st「Teenage・Heartbreak」(1980年)と2nd「Love・too・Late」(1981年)をリリースしている。

私はソロウズの名は前から知っていたが、中身の音をそこまで詳しく聴いたことがなかった。それが2010年にコンビ盤「Bad・Times・Good・Times」で改めて聴く機会に恵まれた。

ソロウズの過去音源を集めたコンビ「Bad・Times・Good・Times」(2010年)は、「Bomp」(ボンプ)レーベルからのリリースである。通常、この「楽あれば苦あり」の慣用句は「Good・Times・Bad・Times」で「良い時もあれば悪い時もあるさ」のはずなのに、ソロウズの今般の新作は「Bad・Times・Good・Times」の「悪い時もあれば良い時もあるさ」で、「Good・Times(良い時)」よりも「Bad・Times(悪い時)」の方が先に来るのであった。自分らのことを振り返ってみれば、「Good・Times」よりも「Bad・Times」が先に来て、「悪い時」の方の割合が多く苦難であったとする、いかにも泣かせるソロウズではないか(笑)。「Bad・Times・Good・Times(悪い時もあれば良い時もあるさ)」というアルバム・タイトルは絶妙だ。まさに「Sorrows(ソロウズ)」は、「Sorrow」=「悲しみ」のバンドなのである。

アルバム「Bad・Times・Good・Times」でよいのは、いずれも1の、M1「Bad・Times・Good・Times」、M3「I・dont・Like・it・Like・That」、M6「She・Comes・and・Gone」、M7「All・You・Gotta・Say」あたり。時に1のM1のようなキラキラなギターにフックの効(き)いた軽快な、また時には1のM7のような切々と歌い上げるメランコリックで重厚なパワーポップが共に満載。「アメリカでもニューヨークのバンドは都会的で洗練されており、垢抜(あかぬ)けているな」の好印象である。聴き味としては、同時代にニューヨークから出た都会派パワーポップの「dBs」(ディービーズ)のサウンドに似ている。当アルバムは2枚組で、ディスク2には過去のライヴやデモ音源が入っている。

後に、ソロウズは以前の2nd「Love・too・Late」(1981年)のリテイク盤(録り直し、新録)をリリースしている(2021年)。「Love・too・Late」の新盤に「The・Real・Album(本物アルバム)」のサブタイトルが付いているのは、本人らの制作意向を十分に反映させたリテイクだから。メンバー当人たちによると、2nd「Love・too・Late」は、当時のプロデューサーによる商業的成功を過度に意識したヒット狙いのディレクションをメンバーが気に入らず、後に自分たちで録り直したという。

ソロウズ関連は近年数多くの編集盤が様々なレーベルから出ていてるが、前身バンドのポッピーズが以前に属していた、グレッグ・ショウ(Greg・Shaw)主宰の「Bomp」(ボンプ)のレーベルから、ポッピーズ「Pop・Goes・the・Anthology」(2010年)と、ソロウズ「Bad・Times・Good・Times」(2010年)の編集盤が同時期に出ている。あれこれ迷うくらいなら、ソロウズ関連はボンプからのリリース一択で購入するのが良いと思える。

Bad Times Good Times

Bad Times Good Times

  • Sorrows
  • ロック
  • ¥2444

極私的パワーポップ名盤(147)Records(レコーズ)「Crashes」

「Records」(レコーズ)は、イギリスはイングランド南東部のエセックスから出た4人組。レコーズの中で私が好きなアルバムは、2nd「Crashes」(1980年)である。この2ndが聴いて一番しっくりくる。

レコーズは、前身バンドの「keursaal・Flyers」(カーザル・フライヤーズ)を経て、1978年に結成。当時は英国の新興のニューウェイブ系の独立レーベルであった「Virgin」・records」(ヴァージン・レコード)と契約して、1st「Shades・in・Bed」(1979年)をリリース。現在ではヴァージン・レコードといえば世界展開するメジャーなレーベルであるけれど、1970年代にレコーズと契約時のヴァージンは創設間もない(ヴァージン・レコードは1972年の創業)、まだ新興の独立レーベルだった。この時代の初期のヴァージン・レコードには同じイギリスのパワーポップ・バンド、「Motors」(モーターズ)がいた。

レコーズの1st「Shades・in・Bed」は、1960年代ポップを下敷きにしたサウンドで、シングルカットの「Starry・Eyes」がヒット。この1stはイギリス盤での初回プレス25000枚分のみ、「Kinks」(キンクス)らのナンバーをカヴァーしたシングルが付いて2枚組でリリースされていた。

そうして2nd「Crashes」を制作。レコーズに関しては、アルバム・ジャケットの図柄からして、私は2枚目のアルバムの方が断然、好きなのである。2ndのジャケ写真を見てもらえば分かるが、レコーズの面々は元はパブ・ロック、ないしはモッズ・バンドと目されており、この4人横並びのメンバー写真はカッコよい。やはりモッズは、イギリスの当時はオシャレで最先端な「モッズ」(モッズ(Mods)はモダーンズ(Moderns)の略)の英国人の若者たちであったので、ビジュアルも細身のモッズスーツ着用で普段の服装から、聴く音楽・演奏する音楽に至るまで隙(すき)がなく全般にセンスが良くてスマートである。

アルバム「Crashes」でよいのは、M1「Rumour・Sets・The・Wood・Alright」、M2「Hearts・in・Her・Eyes」、M4「Man・with・a・Griproof・Heart」あたり。M1の、やや陰鬱(いんうつ)な深い暗さの曲は何度聴いてもシビれる。M2はシングルカットされたが、アルバム全曲で同様にシングルで切れるほどの佳曲ぞろい。全般に大味なギター音に1970年代のパワーポップの典型サウンドである。そこまでポップとかロックとかハードではなく、ギターの刻みもコーラスも秀逸。この一聴、地味であるかもしれないが、「やりすぎない」感じがレコーズの2ndはちょうど良いのである。

1970年代後半より活動のパワーポップのバンドで、「Cars」(カーズ)、「Shoes」(シューズ)、「Records」(レコーズ)、これら「車」「靴」「レコード」といった日常生活用品の単体物をグループ名にした素朴な名称のバンドを、なぜか私は好きなのである。これら3バンドのアルバム、カーズ「The・Cars」(1978年)、シューズ「Present・Tense」(1979年)、レコーズ「Crashes」(1980年)は必聴の鉄板。昔からこの3枚のアルバムは、深夜の独りドライブの際に車内のカーステでよく聴いていた。独り車内でこれらアルバムを流しながら、人気のない静かな夜の街を車で走るのが好きだったな。誰も人がいない深夜の街で車を転がしながら、カーズやシューズやレコーズのアルバムをリピートで流して、車内で「静かな興奮」「独り熱狂」のような(笑)。

さてレコーズは、この後、ギタリストらメンバー脱退があり、新たなギターと新しいリード・ヴォーカルを迎えて5人体制で活動。3rd「Music・of・Both・Sides」(1982年)をリリースする。しかし前2作ほどのセールス・ヒットは残せず。特に音楽市場の商圏が大きいアメリカで、レコーズはそこまで売れず。このアメリカでの不調が響いたのか、レコーズはアルバム3枚を出して解散に至る。

この辺り、英国ヴァージン所属のレーベル・メイトであった同時代のイギリスのバンド、モーターズを思わせる。かのモーターズも、レコーズと同じくイギリスのバンドでヴァージン・レコードに在籍していたが、モーターズは2nd「Approved・by・the・Motors」(1978年)に収録のシングル「Airprot」が英仏らヨーロッパで大ヒットするも、肝心のアメリカではイマイチな反応・売上げでその不振のため以後、メンバー脱退が続き、アルバム3枚をリリースした後に解散するのだった。

私の中では同時代に英国のヴァージン・レコードに所属していたモーターズとレコーズは同じパワーポップの兄弟バンドのように感ぜられて、かなりの好印象だ。モーターズの3枚のアルバム、ヴァージン・レコードに在籍時代の1stと2ndと3rdの3枚のアルバムに、さらにライヴ音源も加えた4枚組廉価のボックスセット「The・Virgin・Years」(2015年)が近年、発売されていた。これはモーターズの歴代アルバムが一気に聴けて、かなりのお買い得なお得盤である。さすがは大手資本で今ではデストリビュート(流通・販路)に力があるヴァージン・レコードである。ヴァージンにはモーターズに続き、レコーズに関しても同様な「オリジナルアルバム3枚組+レア音源集」の廉価のボックスセットをぜひ出してもらいたい。

レコーズ解散後、主要メンバーのウィル・バーチ(Will・Birch)はプロデューサーと同時に音楽ライターとしても活躍。彼は最近、1970年代のパブ・ロックに関する書籍「No・Sleep・till・Canvey・Island(邦題は「パブ・ロック革命」)」(2000年)を執筆し、話題になった。